骨なしチキン

L:Q/トワ主/二次創作/捏造妄想

海イベF√SS【L:Q】

今回のトワ主のF√があまりにもかわいかったので、こんな感じのアフターがあったらいいなあと。所謂二次創作ですので大丈夫な方のみ、どうぞ。

 

 

 

 

(……こんなものかな?)

 

 程良く煮込まれたカレーの鍋をひとかき混ぜしてから味をみると、ナナシさんから貰ったレシピに忠実に作ったおかげなのか、自分でも驚くほどおいしく出来ていた。用意されていた材料が良かったせいもあるかもしれない。

「あー……くっそ……」

出来栄えにひとり満足していると、低く呻く声が聞こえて振り返る。店内に備え付けられた簡易型の椅子に腰掛けて、トワダさんが眉をしかめながら目元を押さえていた。どうやら、先程まで山のように刻んでいた玉ねぎのダメージから未だ立ち直れていないらしい。

 

 あの後、トワダさんはちゃんと手伝う(とはいえ、罰ゲームを受けたのは二人ともの筈、なんだけれど)との宣言通り黙々と全種類分の玉ねぎ――もとい、野菜や肉やらの材料の下ごしらえをしてくれていた。それは良かったのだけれど、余程玉ねぎが効いたのか、あまりに辛そうにしていたので、それ以降の作業は後ろで休んでもらっていたのだ。残りの作業とはいっても、彼が材料を切っている間に他の工程を進められていたのであまり量もなく、役割分担としてはちょうど良かったのだと思う。

それにしても。

(生理現象とはいえ、中々貴重な光景を見ちゃったなあ……)

トワダさんが泣いているところなんて、今後一生かけても二度と見られる気がしない。首から掛けたタオルで乱暴に目元を拭う姿をぼんやりと眺めるうちに、ふと、むくむくと悪戯心が湧き上がった。

火を止めて手を拭い、そうっと羽織ったパーカーのポケットからあるものを取り出す。それをバレないように手前に掲げて、

「……トワダさん、ちょっといいですか?」

「なんだよ、仕込みは終わっ……、!」

かしゃっ。

軽やかであっけない音と共に、カメラのシャッターが落ちる。手のひらの携帯画面の中では驚いた顔でぽかん、とするトワダさんが写っていて、私は悪戯の成功に思わず頬を緩ませた。

「……やってくれるじゃねえか、小学生」

流石と言うか、やっぱりと言うか。あっさりと驚愕から立ち直ったトワダさんが近付いてきて、腕がするりとこちらに伸びて来る。その大きな手のひらから逃げるように、私は慌てて後ろ手に携帯を隠した。

――ドン。

空をかすめた手に舌打ちを隠さず、トワダさんが壁際に私を追い詰める。まるで囲うように壁へ片手を付き、全く笑っていない切れ長の瞳にひやりと見下ろされて、思わず肩が震えた。

「消せ。今すぐ」

「……い、嫌です」

「なんだと?」

普段なら、きっとこの辺りであっさり両手を挙げて降参している。けれど今回は――なんというか。怖くないのだ。いや、全く怖くないといったら嘘になるのだけれど、いつもより半減しているというか。……だって、目元まだうっすら赤いし。

要するに、さっきまでぽろぽろ泣いていた姿とだぶってしまって、怖さよりも先に――慌てちゃってかわいいな、なんて思えてしまったわけで。つまり、余裕があるのだ、ちょっとだけ。

とはいえ。

(それだけじゃないんだよね……)

私には嫌がる相手を見て喜ぶ趣味はないので、一瞬だけでもトワダさんを驚かせられた、それだけで正直、もうこの写真を(もったいないけど)消してしまっても構わないのだけれど。

その気持ちをあえて飲み込んで、私はなるべく余裕たっぷりに見えるように、にっこりと微笑んでみせた。

「私がただでこれを消すメリット、ありませんよね?」

「……ふうん?」

トワダさんの瞳に、面白がるような色が浮かぶ。気まぐれな彼が興味を引かれたその一瞬を逃さないように、私は慎重に言葉を続けた。

「条件があります」

「言ってみな」

とん、と彼が身体を離す。写真よりもこちらの“条件”に関心を持ったことを確かめて、私は携帯を目の前でチラつかせた。

「賭けませんか、トワダさん」

「内容は?」

「――今日作ったカレーが正午……いえ、13時までに二種類、売り捌けるかどうか、です」

横目で示したカレーは全部で四種類。どれも大型の鍋に溢れんばかりになみなみと作られている。

「私は“売り捌けない”に賭けます。売り切れたら、この写真は消しましょう」

「へえ……なるほどね。しかし、お前のメリットとやらは何だ?」

「私のメリットは……」

 

トワダさんの肩越しに、店の入り口へちらりと目をやる。抜けるような青空と、海辺で遊ぶ人たちの明るい声。それから思い出すのは、今日準備を始める前に現れた、ナナシさんの言葉。

『――今回の罰ゲームは、吾輩の経営する海の家の手伝いをして頂きます。ノルマを達成するまで帰れませんので、その御積りでどうぞ』

それはつまり、ノルマを達成できさえすればここから解放される、ということだ。渡された材料は一日分、まさか個々に仕事を持った参加者たちをボーナスゲームの罰ゲームで長期間(例えば夏の間、とか)拘束することはないだろう――ないだろうと思いたい。よって、今日作ったこれらを売り切ってしまえば恐らく、今回の罰ゲームは終了となる。

(……迎えは日没後、って言ってたよね)

それだったら、13時頃までに半分売り切れていれば。ほんの少しくらい、海辺で遊ぶ時間があるんじゃないかなあ、と思ったわけで。だって昨日さんざん歩き回ったとはいえ、夜だったし、あくまでゲームの最中だったし。

要は海で一緒に遊びたいから頑張って片付けてしまいたい、というのが本音なわけだけれども、まさかそれを口に出すのは恥ずかしいので。

 

「……早く罰ゲームを終わらせたいんです。それに、この条件ならトワダさんがどっかに行っちゃったりしませんしね」

「おいおい信用ねえな、今までちゃんと手伝ってただろうが。……ま、なるほどな」

ふむ、と腕を組んでトワダさんが軽く一度頷く。どうやら乗ってくれるらしい。

「じゃあ――」

「だが、それじゃあ物足りねえな」

くく、と喉を鳴らした彼がひどく楽しそうに口角を上げる。その笑顔に嫌な予感が背筋を走るけれど、彼が言葉を発する方が早かった。

「“13時までに全種類売り切れるか”、に変えろ」

「……え?トワダさん、流石にそれは……」

「売り切れたら写真は消す。そんで、」

慌てる私を余所に、トワダさんはするりと腕を伸ばしてその指先で私の首筋をなぞる。そのままゆっくりと顔を持ち上げられて、艶やかな色をした瞳と視線が絡む。

「これが終わった後、お前を好きにさせろ。昨日は散々だったからな」

「……っ!」

ぞくぞくするような低い声が耳に滑り込んで、心臓が痛いほど高鳴る。まったく揺らぎもしない視線に、彼が本気なのだと気付いた。

「そ、そんな条件……飲めません!」

「どうしてだ?無理だと思ったから、お前だってさっき止めようとしたんだろ?」

「それは、そうです、けど……」

「……ああ、勿論そっちも条件足していいぜ?」

もっとも売り上げが見込める時間帯とはいえ、流石にこの量を売り切るなんて不可能に思える。思えるのだけれど、どうしてこの人はこんなに余裕があるのだろうか。いや、ブラフということもあり得る。私が条件を下げてやっぱりいいです――と言うのを待っている、とか。私は頭を一度軽く振り、退いてなるものか、とトワダさんを見る。

「……じゃあ、売り切れなかったら私の言うこと、ひとつ聞いてくださいね」

「ひとつ?相変わらず欲がないな、お前」

「何とでも言ってください……」

ひとつと言ったのは、流石に条件が私に有利過ぎると思ったからだ。そもそもそうまでして聞いて欲しいことなんて早々無いし――いざとなったら、これで「残りの時間、一緒に遊んでください」とでも言ってしまおう。……随分馬鹿にされそうだけど。

「そんじゃ確認するが――“13時までに売り切れた”ら、“写真を消して”“お前は俺の好きにされる”」

「……はい」

「逆に“13時までに売り切れなかった”ら、“写真は残したまま”で“俺はお前の言うことをひとつ聞く”。追加の条件はもう無いな?」

「はい」

私が頷いたのを確認すると、トワダさんは満足げに笑った。そうしていつものように持ち歩いているコインを取り出して軽く自分の唇に触れさせると、私の方にも差し出す。

「んじゃ、誓え」

「はい」

そっと同じように唇を寄せる。冷たい金属の感触が一瞬触れて、するりとそれは離れて行った。

「――契約成立、だな」

キン、と軽やかな音を立てて弾かれたコインは金色の軌跡を描いて再びトワダさんの手中に収まり、それを彼は懐に仕舞ってから顔を上げる。

「しっかし、お前も中々イイ性格になったよな」

「誰かさんの影響じゃないですか?」

「まあ……それでもまだ全然甘いけどな」

精一杯の皮肉を軽く笑って流された私がえ、と声を掛ける間もなく、トワダさんは着ていたエプロンをさっさと脱いで丸めて――器用にテーブルの上に放り投げる。

「仕込みは終わったんだよな?」

「は、はい。後は店を開ける直前に火を入れるだけですけど……」

「ちょっと出掛ける。安心しろ、5分で戻ってくるから」

戸惑う私の頭をぽん、とひとつ撫でて入り口に向かう背中を慌てて追いかける。出掛ける?今から?一体どこに。

「と、トワダさん?今からって……どういうことですか?」

「別に逃げたりしねえって。ハヅキ達に協力してもらうんだよ、売り子で」

「なっ、」

あいつらちょっと類を見ねえくらい顔はいいからな。性格はともかく――と笑うそれに人の事言えるんですかと突っ込みたくなる気持ちを押さえ、慌てて彼の腕を掴む。

「ちょっ、それは駄目ですよ……!だって、これは私たちの罰ゲームなのに、」

「何でだよ。ネコは助っ人禁止とは言ってなかったろ?」

きちんと売れれば俺たちはさっさと解放される、まあ癪っちゃ癪だがネコの野郎も売り上げが伸びれば万々歳。

どこに問題があるんだ?とばかりに平然とする姿にそうかこれが狙いか……!と歯噛みする。確かに、あの人たちが手伝ってくれたのならまさしく飛ぶように売れるだろう。マーケティングも接客もとんでもなく上手そうだ。……それに。

「おっと、今更気付いたって遅い。俺はちゃんと“追加の条件はないな?”って聞いてやったよな?」

「ううう……」

そうなのだ。こちらの条件も特に助っ人を禁止するものはない。そうした部分まで読み切れなかった私の負けである。完全に。

「ま、嫌だったらあいつらも断るだろうしな。そしたらお前の勝ちもあるかもな?」

にやにやと楽しそうに笑うトワダさんはそう言うものの――その表情からして、彼の頭の中にはもう彼らを絡め取るプランがしっかりと立てられているのだろう。そうなってしまえば、私には対抗する手段がもう残ってはいない。まさか、意図的にサボるわけにもいかないのだから。

「ず、ずるい……!」

「気付かないお前が悪い。勝負を仕掛けるのなら、あらゆる可能性を考えなきゃ駄目だろ?」

ま、高い授業料だったと思って諦めるんだな。

そう言ってトワダさんはするりと私の腰を抱き、耳元に口を寄せる。

「……刺激的な一日にしてやるから期待しとけよ、小学生?」

そうしてあっさりと身体を離し、すっかり余裕の表情で出掛けてゆくその背中を見つめながら――私は高鳴る胸を押さえ、どうやってこの先を切り抜けようかとくらくらする頭を悩ませるのだった。