骨なしチキン

L:Q/トワ主/二次創作/捏造妄想

七夕SS【L:Q】

トワ主の七夕SSです。

二次創作ですのでそういった類が大丈夫な方はどうぞ。

まだひと月過ぎてないからセーフ……セーフです。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えて外に出ると、もう日がうっすらと傾きかけていた。久々の休日に浮かれて買い過ぎた荷物は少しばかり重いけれど、それを少しだけ我慢して店の正面を覗く。保冷剤も詰め込んだし、寄り道しても大丈夫だろう。

(……わ、結構大きい)

ショーウインドウを隠さない程度に飾られた笹は、ここへ入る前には気にも留めなかったが実際近付いてみるとかなり立派だ。ゆるく垂れ下がったそれらには、既にちらほらと色とりどりの短冊が吊るされている。

『本日ご来店下さったお客様に、ちょっとしたサービスなんです』

そう言って渡された短冊に、今日が七月七日――所謂七夕だったと気が付いたのがついさっきのこと。サービスというには案外しっかりとした作りのそれを使わないままでいるのも気が引けた私は一人、その笹の前に設置された簡易テーブルに向かっていた。

 

用意されていたマーカーを手にとって、さて何を書こうかと悩む。既に吊るされた短冊を覗いてみれば世界平和やら家内安全やらの文字が躍るけれど――やはり大部分を占めるのは恋愛ごとの数々だ。“誰それと上手くいきますように、仲良くなれますように。”見ているだけで胸が甘酸っぱくなるような願い事を眺めていると、知らず知らずのうちにこちらの気分も高揚してくるのだから不思議なものだ。

(願い事、か)

渡された短冊の色は淡い紫。正確な色こそ違えど、自然にそこから浮かぶのは鮮やかな菖蒲の花と――彼の不敵な笑みで。

すぐさま脳裏に描けてしまったその姿に、毒されているなあ、と一人で苦笑するけれど、同時に胸がひどく高鳴るのも事実なのだからきっともう手遅れだ。色々と。

(うん。よし!折角だもんね)

短冊を前に悩むこと暫し――この数の中でよもや知り合いに見付かるなんてことはそうそうないだろうけれども、流石に名指しで書くのは気も引けて。とはいえ“恋人”なんて称するのも妙に気恥ずかしい。結局妥協と譲歩を繰り返しようやくまとまった文面をそっと書き添えて、笹の奥の方へひっそりと吊るす。

(……慣れないことをするものじゃないな。恥ずかしいや)

誰も見ていやしないのにじわじわと熱の昇る頬を軽く扇いで、さて帰ろうかと荷物を手に取った瞬間――ふわりと、嗅ぎ慣れた香水の匂いが香る。

ばくん、と心臓が高鳴って振り返るより早く背後から掛かる影、そうして私の傍をすり抜けるように伸びてきた腕が先程吊るしたばかりのそれを無造作につまみ上げた。

 

「“好きな人と一緒にいられますように”……ねえ?」

 

決して静かではないはずの街中の雑踏でもどうしてだか迷いなく拾えてしまう、しっとりと色気をはらんだ低い声。鼓膜を震わせるそれに含まれた揶揄いの音に恥ずかしくなりながらも振り返ると、案の定ニヤニヤと笑うトワダさんの姿があった。

「勝手に見ないでくださいよ……!というか、どうしてここにいるんですか!」

「オイオイ失礼な奴だな、人をストーカーみたいに言うんじゃねえよ。お前が俺のゆく先々に現れるんだろ」

お前、そんなに俺が好きなワケ?とどこから湧いてくるのか不思議なほど自信満々に笑い――トワダさんが強引に私の腰を抱き寄せるのに身をよじって抵抗する。いくらなんでもここでは、そもそもどこでも困るけれども、恥ずかしいにもほどがある。

「ちょっと、ここ外ですよ!」

「何だよ、こんなモンにお願いするくらい俺に会いたかったんだろ?」

素直になれよと耳元で囁かれ、その低い声に腰が砕けそうになる。それを必死でこらえてぐいぐいとその胸元を押しやっていると、その姿勢のままトワダさんがため息を吐く。思わず顔を上げれば彼はまだ私の書いた短冊を手のひらで弄んでいて、その視線は紙面に向いていた。

「大体お前“一緒にいられますように”って何で他力本願なんだよ。ホテルも連絡先も知ってんだから来ればいいだろ?」

「……へえ、自信家ですね。私、これトワダさんのことだって言いましたっけ」

呆れたように言われっぱなしなのが悔しくて、ついそんな風にそっぽを向いて言い返してしまう。するとトワダさんはきょとん、と目を瞬かせて――それからふうん、という顔をした。そうして私が何か言うより早くするりと身体が離れて、それだけなのに随分距離があいてしまったような気持ちになっていると、彼はそのままあっさりと身を返して背を向ける。

「あっそ。そんなら引きとめちまって悪かったわ、じゃあな小学生」

「……!」

ああ、やってしまった。

この人の言い分は――言い方はともかく、実際その通りなのに。

まるで何の未練もないようにさっさと歩いていこうとする背中に心臓が嫌な音を立てて、みるみる指先が冷える。

「……何だよ、もう用は無いんだろ?」

咄嗟に伸ばした手が辛うじて彼の袖をつかむけれど、そこから先をどうしたらいいのかが分からない。トワダさんは足を止めてくれたものの、淡々と向けられる言葉に頭が真っ白になる。どうしよう、どうしたら。何か言おうにも何を、また余計なことを言ってしまうのではないのかとか、もっと呆れられたら、とか、ぐるぐると頭をめぐるのはそんなことばかりだ。

「……っ、」

駄目だ。そんな自分が情けなくて、トワダさんの顔も見れないまま俯く。これ以上黙って引きとめるのも申し訳なくて思わず掴んでいた袖を離す――と、するりと力を抜いたその手首を大きな手のひらがポン、と受け止めて、頭上からため息が降ってくる。

「はー……ったく」

「、え?……い、いひゃい!いひゃいれす!」

「アホ、痛くしてんだよ」

驚く間もなく私の頬に手が当てられ、そのままむぎゅう、と横に引っ張られる。そのまましばらくぐにぐにと弄ばれ、ようやくその手のひらから解放された頃には頬がじんじんと痺れていた。

思わず涙目になりながら顔を上げると、トワダさんはやれやれとでも言いたげな表情で私を見降ろしていて、うっ、と身が竦む。

「全く、ちょっとからかったぐらいで泣きそうな顔しやがって。だからお前はいつまでたっても小学生なんだよ」

「か……からかってたんです、か?」

「当たり前だろ。って、だからその顔やめろっての、おい」

「お、怒ったんじゃないんですか!?」

「はあ?怒るも何も、お前の顔見てれば考えてることなんざバレバレだっつの」

その言葉に、どっと身体中の力が抜ける。そうだった、こういう人だったと毎回引っかかるたびに思うのだけれど、いつも鮮やかな手品を見せられているかのように騙されてしまう。

「……びっくり、しました……」

「だろうな。笑えるくらい青い顔してたぜ、お前」

ホント、お前ってこういう駆け引き向いてないよな。そう言いながら薄く笑うトワダさんを気まずい気持ちで見つめ返していると、いつものように頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。これで手打ち、ということなのだろう。少しだけ俯いて唇を噛む。悔しいけれど、ひどく安堵する自分がいた。

「俺と“そういうこと”がしたいんならもっと上手くやりな。ま、お前じゃこれから先も出来る気がしねえけど」

「うっ……はい。あの、トワダさん。ごめんなさい」

「んー……」

あまり認めたくはないが、実際その通りに違いない。自分の性格を振り返ってため息を吐き、それからぺこりと頭を下げる。と、スッと目を細めたトワダさんがほんの少し首を傾げてからするりと私の後ろに手を伸ばして――再び戻ってきたときにはその中に紫の短冊があった。先程吊るした、私が書いたもの。

「で?」

「……えっ?」

「え、じゃねえっつーの。ったく……察しが悪いな、どこまで言わせんだか」

戸惑って見上げた視線の先。色気を孕んだ瞳に射竦められて、思わず息を飲んだ。ざらりとした紙面が、柔らかく唇にそっと当てられる。

「いるかどうかも分からねえもんに頼むより、本気で叶えたいんならもっとイイ方法があるだろ?」

私の、願い事。

二回目の機会だ、と思った。駆け引きには向いていない。子供のように袖を引くばかりではいつまで経っても彼の隣に立てない。欲しいならそれをどうやって手に入れる?この人なら、どうやって。

「……うちの今日の晩御飯、豪華ですよ」

「……は?」

「久々の休みだったので、買い過ぎちゃったんです」

がさり、と持ったままの袋を少し揺らして見せる。ぽかん、と虚を突かれた顔をしている彼に笑いかけた。

――勝負をかけるなら、出来るだけ堂々と、自信を持って。ないならせめて見栄を張れ。

「お腹すいてませんか、トワダさん?」

精一杯笑って首を傾げると、彼はぱちぱちと瞬きをして、それから眉間にしわを寄せて小さくため息を吐いた。そんな姿に、思わず不安が過る。

「……はずしました?」

「外すっつーか、なあ……」

暫く唸っていたトワダさんをおろおろと見上げていると、それに気が付いた彼が視線を合わせて――ぶは、と吹き出した。

「!?」

「あーもう、だからそういう捨て犬みてーな顔すんなっつーの」

わしわしと髪を撫でた手のひらがそのまま私の手元に伸び、抱えていた袋を軽々と持ち上げた。

「あの、トワダさん?」

「相変わらず色気はまるでねえけど、まあ……小学生にしちゃ頭使ったみたいだしな」

何かが欲しいなら、それに見合う対価を。

くく、と楽しそうに喉を鳴らす彼を見る限り――どうやら私は、勝負に勝ったらしい。

「この俺を誘うんだから、さぞかし自信があるんだろうな?」

意地の悪いことを言いながらも、その声色はひどく優しい。差し出された左手を躊躇いなく掴んで、夕暮れ時の街中を歩きだす。

「微妙です!」

「おい!そこはせめてあると言え!」

つーか引っ張んな、とトワダさんが言う。振り返ると、彼は夕陽にまぶしそうに目を細めていた。

「頑張ります。それから、」

「ん?」

「……愛情、いっぱい入れますから」

それだけ言ってぱっと前を向くと、背後から噛み殺したような笑い声が聞こえる。照れるくらいなら言うなよ、という声を聞き流して、私は頬に上った熱を振り払うかのように、また足を早めるのだった。